『自分からぷよぷよの強さを取ったら、一体何が残るだろう?』
伏し目がちに、自嘲気味に発された、その言葉。
10年前の夏、ぷよぷよ合宿をしていたときの僕の言葉だ。
強さこそが存在意義だったあの頃。
ゲーム依存という有り体な名で形容されるべくもない、ゲームこそが自分であったあの頃。
生き甲斐をゲームにしか見出すことのできない屑の枝葉末節だった頃。
何の因果か、10年後の僕はプロゲーマーをやっていた。
人間の根底なんざそう変わりはしない。
ならば、僕はこの10年で一体何が変わったのだろうか?
『自分からぷよぷよの強さを取ったら、一体何が残るだろう?』
10年前のこの一節の背景には、全一級のプレイヤーに及ばない自分の無力さが隠れていた。
代わりの利く強さ。
ぷよぷよが強い人間を必要としたとき、それは別に僕じゃなくてもいいという実感。
上京して一年ほどで、自分の限界を自ら設定してしまったがゆえに、陥った存在意義の喪失。
だからその時僕は、一度ぷよぷよを離れた。
自分の存在意義を探すためにコミュニティから疎遠になろうとした。
今思えば馬鹿げた話だが、「及ばない辛さ」を嫌というほど味わっていたことが、昨今の若手に対する理解に繋がっているような気がする。
『自分からぷよぷよの強さを取ったら、一体何が残るだろう?』
数年経ったころ、別のゲームで一定のステータスを得た僕は、精神的な拠り所が増えていた。
自分より強いプレイヤーを、自分の上位互換だ、などと思わないことがようやくできるようになっていた。
あの時ぷよぷよから離れたのは、自分より優れたものを認めたくなかったからだ。直視をしたくなかったのだ。
認めれば自分を否定してしまう。そのジレンマから解放されて僕は、再びぷよぷよの強さを求められるようになっていた。
『自分からぷよぷよの強さを取ったら、一体何が残るだろう?』
ぷよぷよの強さは、いつしか職能になっていった。それに従って僕は、スキルを活かしたロビー活動をするようになっていった。
僕の強さは、最強クラスの一歩手前。今もなお進化して進化して、その強さを保ち続けている。時勢から取り残されていないことは、我ながら評価に値すると思っている。
その強さをもってして、他の強豪プレイヤーがやらないことをすれば、絶大な価値になるんじゃないか?
はじめは記事を書いた。
他界隈の人間と広く交流してみた。
ぷよぷよの大会に出るため海外に行ってみた。
そしたら本を書かないか、と誘われて書いた。
新しいぷよぷよの対戦会を開いてみた。
仕事を変えて、eスポーツに関する職に就いた。
同時にプロゲーマーとしてのマネジメント契約も結んだ。
人前でぷよぷよの魅力を伝えるプレゼンもした。
来年にはEVOJapanで大会も開く。
『自分からぷよぷよの強さを取ったら、一体何が残るだろう?』
ぷよぷよの強さをもとにひたすら動いていたら、いつの間にか僕には多大で多彩な経験が残されていた。
結局、「ゲームこそが自分」であった僕を否定する必要は一切なかった。やり方を知らなかっただけ、自分を信じていなかっただけだった。
2019年。今年一番記憶に残っているのは、11月。ある飲み会でのぴぽにあの言葉だ。
『りべさんはもっと選手として頑張ってほしい。もっと上を目指せるはず。自分に諦めないでほしい。』
これはまた酷なことを言われたな、と思った。俺は10年前に一度自分の実力を諦めているのに。その前提で自らの活きる道、存在意義の模索を常にテーマとして生きてきたのに。
強くなるための気持ちがないわけじゃない。ただ、コミュニティが既に形成され、ある種の社会として回ってきたぷよぷよ界隈。最強、全一という立ち位置に今更俺が入るのは、もう違和感があると思っていた。収まりのいい役割分担を考えるようになっていたのだ。
頑強に、奴の主張を跳ね除ける気持ちが働いた。恐らくは防衛本能なのだろう。人は積み重ねてきたものを崩されたくないのだ。
二時間ほどの禅問答が続く。話していてわかったのは、奴の主張にロジックなんて微塵もないこと。ただピュアな感性だけで、俺の中にある諦めを嗅ぎとって、後先なんて知らずに提言したのだ。「そう感じたから」の一点張りで。
(ああ、本当にこいつには、敵わねえなあ)
奴の話を聞いていると、上京してきたばかりで、可能性に満ち溢れていた頃の自分を思い出してしまう。
ぴぽにあがとにかくこう言える人間であってほしかったのは、間違いなく俺だ。一度ぷよぷよコミュニティ崩壊の危機に瀕した2016年において、後進に希望を失ってほしくないと感じて奮闘した、俺自身の答えだ。
ぷよぷよが強いことに意味などないと、後進たちに諦めてほしくなかった。俺の託した灯火そのものだ。
でも……
本当の本当に正直な気持ちを述べるならば、
『自分からぷよぷよの強さを取ったら、一体何が残るだろう?』
きっとぴぽにあの言葉は、俺がこう感じた10年前に一番欲しかった言葉だった。俺は誰かに、俺を信じてほしかったのだ。
『りべさんはもっと選手として頑張ってほしい。もっと上を目指せるはず。自分に諦めないでほしい。』
実力不相応に、ステータスの保持のみに躍起になって自分を強く見せようとしていたあの頃の俺に、そんな言葉をかけてくれる人間はいなかった。
だから、あの時はコミュニティから距離を置くしかなかったのだ。
大きく大きく回り道をして。
僕は今、ここに立っている。
支えてくれるファンも増えた。
信じてほしいなんて欲求は、とうに満たされたろう?
『自分からぷよぷよの強さを取ったら、一体何が残るだろう?』
うるせえんだよ!!10年前の俺!!
お前はぷよぷよが強いだけのただの屑だ。今も昔も変わっちゃいねえ。
お前が積み重ねてきたものは全て、ぷよぷよの強さから派生して得たものだ。
ぷよぷよが強くなかったら、今の俺は存在しねえんだよ。何も残らねえ。理解しろ。慰めてもらおうとしてるんじゃねえ。
だからもう、勘違いしたって、また自己暗示をかけたっていいじゃねえか。
10年前のあの頃、お前は瞬間的な全国5位をやたらと誇ったよな?今はどうやら世界5位だってよ。2019年になっても何も変わっちゃいねえ。笑えるな。
でもお前は、10年経ってなお、その実力を衰えさせなかった。
そんなに執着している強さを、今更捨てることなんかできると思っているのか?誰がどう見たって、強さはもうお前の一部だよ。
だからさ、今の俺がお前を信じるよ。
色んな実績を積んできた俺が保証するよ。
10年前に閉ざした心の錠前を解いて、また二人で最強を探しに行こう。
自分の力に気付くのが楽しかったあの頃を、もう一度思い出そう。
最高だなあ、ぷよぷよ。
2019年になっても、30歳になってもまだ学べる。
突き詰めれば何からだろうと、一生学ぶことは尽きないのだ。
さて。
2020年は、一体どんな世界が待っているかな。